夏のプロジェクト支援の一環として6月28日、東京都武蔵野市のカトリック吉祥寺教会で、NHK解説委員の出川展恒(のぶひさ)氏による講演がありました。出川氏はテヘラン、エルサレム、カイロの各支局長を歴任、2006年から中東問題専門の解説委員を務めています。
講演は▼対IS作戦の行方▼イラン核協議の行方▼イスラエル・パレスチナ紛争の行方を三つのテーマとして。以下に要旨をお伝えします。
対IS作戦の行方
米国は、イラクとシリアに拠点を持つ過激派組織IS(イスラム国)を壊滅させようと動き始めましたが、その作戦は一進一退です。
ISは昨年(2014年)6月、シリアの一部とイラク北西部を制圧すると29日に国家を宣言しました。これに対し米国は8月、ISの拠点への空爆を開始し、ティクリットという主要都市を奪い返しましたが、逆に首都バグダッドに近い都市ラマディを奪われるなど苦戦を強いられています。苦戦の一因はイラク軍の士気の低さで、それはフセイン体制崩壊後の国づくりの失敗からくるものです。宗派・民族の対立を抱えるイラクでは、人口の20%がアラブ人のイスラム教スンニ派、60%がアラブ人シーア派、20%がクルド人(大半がスンニ派)。フセイン独裁政権時代は鉄の輪でまとめられていましたが、それがとれた今、選挙では多数派のシーア派が実権を握ることになり、結果として国づくりから排除されたスンニ派に不満が募りました。
この宗派対立が、軍事作戦にも影を落とします。対IS作戦では政府軍の強化が必要ですが、それには時間がかかります。正規軍でないシーア派民兵組織には力があり、ティクリット奪回に貢献しました。ところがスンニ派住民には反発されるので、民兵組織を活用するにも宗派対立の解消が必要なのです。
一方、国外からの戦闘員の参加、資金や武器の流入も大きな問題で、これを断つ国際包囲網が必要です。流入する戦闘員は2万人ともいわれ、多くは中東諸国からです。失業などで将来に希望が持てず、ネットの宣伝に乗せられて来る若者が多いようです。また、欧米国籍でも中東出身者のルーツを持ち、差別的待遇に不満を持ってISに走る人々もいます。
イラン核協議の行方
イランが進めている核開発を抑えさせるのを目的として、欧米が中心になってイランに経済制裁を加えてきましたが、核兵器保有につながる生産施設の設計変更などを条件に制裁を解除することを話しあう協議が、最終合意に近づいています(講演後の7月14日に合意)。
核兵器用にはウラン235の濃度を90%以上にする必要があります。イランは20%まで上げる能力を持てそうですが、3.5%程度の濃縮能力なら容認できるというのが欧米の考えです。イランは遠心分離器の削減など核開発を今後10年にわたって大幅に制限し、見返りとして原油輸出規制や金融取引制限などの経済制裁解除を獲得することになります。
合意には解釈の違いなど対立点もありますが、米国内にも、イスラエルのネタニヤフ首相を支持する共和党が反対するなど対立があります。ネタニヤフ政権は、イランは核兵器を開発するに決まっているとし、武力攻撃も辞さない姿勢を公にしています。
イスラエル・パレスチナ紛争の行方
昨年7月8日から8月26日まで続いたガザ戦争では、パレスチナ人2,140人が犠牲になり、うち500人は子どもでした。イスラエル側の死者は兵士64人、一般人6人です。ガザを支配しているイスラム原理主義組織ハマスが、イスラエル軍の攻撃に対し住民を楯にしている面もありますが、イスラエル側も住宅地を爆撃して一般市民の犠牲を大きくしました。停戦後も建設資材の搬入が止められており、復興が進みません。世界銀行によるとガザの失業率は43%、若者に限ると60%にものぼります。貧困レベルの世帯は40%で、93年からガザの経済発展はなく、一方で人口は2.3倍です。
3月に実施されたイスラエル総選挙の結果、国会の120議席のうち30議席で第1党になった右派政党リクードを軸に連立政権ができました。与党で和平に積極的な政党はありません。リクード党首で首相を続けることになったネタニヤフー氏は「パレスチナ国家はつくらせない」という発言もしています。
和平に希望を持てない状況の中でパレスチナ側は「国際化戦略」をとるようになっています。国際組織に加盟して国家として認めてもらおうという狙いです。2011年に国連加盟を目指した時は、米国の拒否権で果たせなかったものの、翌12年にはオブザーバーとしての加盟を認められました。パレスチナ解放機構(PLO)という組織から国家へと資格が格上げされての参加です。国家として正式に認めようという動きが欧州を中心に広がり、現在では130カ国以上が国として承認しています。
ただし、領土が確保されていない名ばかりの国家でしかないのが実情で、(自治区域であるべき)ヨルダン川西岸へのユダヤ人入植地拡大が、和平交渉をますます遠のかせています。和解への機会が望まれるものの、両民族が対等な立場で顔を合わせることはまれです。「聖地のこどもを支える会」の交流プロジェクトは、そのまれな機会をつくる実に貴重な実践であり、敬意を表します。
(文 当団体理事 村上宏一/元朝日新聞エルサレム特派員、中東支局長)