▲写真:エルサレムのホストファミリー
私の今回のスタディーツアー参加の目的は、自分自身が現地に行き、自分の目でイスラエル・パレスチナを見ること、文化や雰囲気を自分の体で感じること、歴史と現状、宗教など、多くのことを吸収できる限り学ぶことでした。
私は同NPO法人主催の2018年夏に行われた「平和の架け橋プロジェクト」に参加をしました。
それまでただ単に世界の「平和」を望んでいただけの私でしたが、夏のプロジェクトの参加を通し、イスラエル・パレスチナという場所に目を向け、なぜ紛争が起こるのか、なぜ解決に至らないのか、「平和」とは何なのか、などということを具体的に考えるようになりました。
そして、人から話を聞いているだけではなく、実際に自分が足を運んで自分自身で確かめたいと強く思いました。これがスタディーツアー参加のきっかけです。
この10日間、1日1日が本当に濃く、多すぎるほどの情報と、様々な立場、異なる視点からの意見を聞き、この国の抱えている問題の複雑さ、「平和」の定義とは何なのか、その達成と理解の難しさ、歴史の長さ、宗教の深さ、権力の闇と恐ろしさなどを改めて実感し、自分の無力さを毎日のように痛感しました。
ヤドヴァシェムというホロコースト記念館では、起こった事実を全体で見るのではなく、1人1人のことを考えながら見学し、クレーシュというスクールでは、名誉殺人についてのお話を聞き、実際にその子どもたちとも触れ合いました。
なぜ罪のない人たちが命を狙われなければならないのか、本当に心苦しく、やるせ得ない思いになり、人の命の重さや人権保護の大切さ、政治や文化の持つ何か黒い残酷な闇の部分とそれを変化させることの難しさを感じました。
また、今回のツアープログラムの中で私が重点を置いていた場所でもあった難民キャンプでは、やはり自分で実際に訪れてみるということの大切さを感じました。
パレスチナの難民キャンプがテントではないことは分かっていたけれど、キャンプ内にも食料や衣類のお店が存在し、そして1番驚いたことは、キャンプとキャンプではない市街地の境界線のわかりづらさでした。
そして、キャンプにはUNRWAが建てた学校があり、その学校のおかげでパレスチナ人の子どもの識字率がアフリカに比べとても高いというお話も他の参加者から聞きました。
これを100%良いこと、素晴らしいことだとは思えない部分がまた複雑でした。
現地で暮らしていると、「故郷に帰りたい」という思い以上に「現状を少しでも良くしたい」という気持ちを強く感じ、長い目で見るのではなく、「今」を変えたいという、そこで暮らしている人の外からではわからない思いと現実を感じました。
そして、キャンプ内のインフラ整備がなかなか整わない理由は、外からの寄付金があるにも関わらず、そのお金がキャンプで暮らす彼らには回ってこない、たどり着かないからだそうです。
私は、彼らの上に立ちはだかる権力者に対し、悔しいと同時にとても腹立たしく思いました。
上を変えなければ、その下で行われる寄付など役に立たない、上のものと戦えるだけの力をつけることが必要だと強く感じました。
「キブツ」の資料館では、ユダヤ側の映像を鑑賞し、一方の見方だけではなく、多角的に物事を見て考えることが必要であるということを改めて学んだと同時に、彼らの「見せ方」、影響の与え方、感情の動かし方の上手さを感じました。
片側のみの情報では、必ず意見が偏ってしまいます。両方の意見を平等に聞き、自分で情報の取捨選択をし、周りに流されるのではなく、自分自身の意見を持つことの重要さを感じました。
また、私たちは、現地でのホームステイも体験しました。個人的に1対1で力を抜いて政治的な話や徴兵制度、教育問題などについて意見を交わすことができ、良かったです。
堅い話だけではなく、他愛ない会話がたくさんできたのもとても楽しくて良い思い出です。現地での「自分にとっての大切な人を増やす」ということも私の目的の一つでした。
ホストファミリーには本当に良くしていただき、私の誕生日を祝っていただいたり、ビーチに連れて行ってもらたり、安息日の食事を体験させてもらったりと、素敵な時間をたくさん過ごすことができ、彼らととても良い関係を築くことができました。
お世話になったホストファミリーには感謝の気持ちで一杯です。
現地学生との交流する中で、パレスチナ側、イスラエル側、どちらの口からも何度も聞いた言葉があります。それは、「私たちは平和を求めている」という言葉です。
どちらも同じものを求めているのに実現できない理由は、人によって「平和」の定義が異なっているからでした。私たちは、知らないことがまだまだあります。
紛争が起こる原因の一つは相手への理解不足、誤解だと思います。
知らなければ理解することなんてできません。
だから少しでも多くのことを知ること、知ろうと思うことが「平和」への第一歩だと私は思います。
そこに欠かせないのが教育です。私はイスラエル側のホストファミリーから、小さい頃から教科書でパレスチナを嫌えと教えられた、パレスチナ人がイスラエル人を殺害する映像を見せられたと聞きました。偏りのない教育で正しい知識を子どもたちに与えなければ、現状も未来も変わらないのです。
この10日間、自分のできる範囲で精一杯学び、感じることができ、参加して本当に良かったと思っています。毎日挫折はしましたが、この挫折を感じることができたのも本当にいい経験で、自身の成長に間違いなく繋がったと思うため、悔いはありません。
このツアーを通して、自分のまだまだ至らない点を再確認すると同時に、自分の感じ方、考え方、興味のあること、やりたいこと、長所もわかりました。
私には、まだ何もかも足りていないし、私が何かをしなくても、他のもっと有能な人がやってくれるかもしれない、私が何かをしたところでそれは微量にすぎず、大して何も変わらないかもしれません。
しかし、だからと言って何もしないというのは私にはできないと思いました。
自分のできる範囲で行動を起こす、やれることをやる、大人数の力になれなくても誰か1人の多少の力にはなれるはずだと思います。
そのために、これからも自分のできる範囲で学び続け、努力し、後悔のない自分らしい生き方をしたいです。
そして、これまで最も興味のあった紛争解決、平和構築以外に、エンパワーメント事業や教育関係にも目を向けていきたいと思うようになりました。
(文 山田 百華/
2019年スタディー・ツアー参加者、大学4年生)