1993年にイスラエル占領地のヨルダン川西岸とガザ地区にパレスチナ自治を実現することが合意されました(オスロ合意)。一定の地域で自治を始め、和平交渉を進める中で自治領域を広げていくというものでしたが、西岸・ガザ両地区を合わせた面積のうち、パレスチナ側が自治権を握っている領域は45%にすぎません。それも、約6%の面積のガザ地区はイスラエルとの境界を電気柵で囲まれ巨大な刑務所に例えられる状況にあり、西岸の自治領域でも半分以上はイスラエル側に警察権を押さえられたまま。自治拡大が進まない状態が20年続いています。
入植推進を支持:自治拡大を妨げている障害の一つがユダヤ人入植地の存在です。占領地への入植は、ジュネーブ条約という国際法で禁止されているとしてパレスチナ側が強く反発しているものです。イスラエル側は、西岸を占領地とは見ず入植活動は違法ではないと主張していますが、国際社会では多くの国が不法な入植と批判しており、昨年12月には国連安全保障理事会が、イスラエルの入植活動の即時停止を求める決議案を採択しました。
この決議で興味深いのは、入植非難決議には拒否権を使ってきた米国が棄権して、決議案が通るのを黙認したことです。オバマ大統領はイスラエルの入植活動に批判的で、ネタニヤフ政権とは冷えた関係になっていました。
これに対し、トランプ氏が駐イスラエル大使に指名したフリードマン弁護士は、イスラエルによる入植推進を支持する立場です。イスラエル政府は1月24日、西岸の入植地に新たに2500軒の住宅建設を承認しました。ネタニヤフ首相がトランプ大統領と電話会談した直後のことです。またエルサレム市当局も、占領地である東エルサレムの入植地に500軒余の住宅建設を承認しています。1月22日、トランプ氏の大統領就任直後のことでした。
エルサレムの地位:エルサレムといえば、トランプ氏は選挙戦の最中から、現在テルアビブにある米国大使館を、イスラエルが首都と宣言しているエルサレムに移すと表明していました。エルサレムをめぐっては、パレスチナ側も東エルサレムを将来のパレスチナ国家の首都とする方針を示しています。また、オスロ合意でもエルサレムの地位については和平交渉で決めるとしています。このように地位が定まらないため、大半の国が大使館をエルサレムではなくテルアビブに置いています。パレスチナ自治政府のアッバス議長は、米大使館がエルサレムに移転すればオスロ合意で認めたイスラエル国の承認の取り消しを検討すると表明。国際社会も和平の基本条件を壊すものとして強く懸念しています。
パレスチナ問題のほかにネタニヤフ政権がオバマ政権と対立した問題としてイランの核開発をめぐる合意があります。2015年7月にイランと欧米6カ国との間で、イランが核開発を抑えるのに応じて欧米による対イラン経済制裁を軽減する核合意を結びました。ネタニヤフ首相は、この合意でイランの核開発を防ぐことはできないと反対。トランプ氏も反イランの姿勢を明らかにしています。次期国防長官に指名したマティス氏は対イラン強硬派と言われ、中東地域を統括する中央軍司令官を務めていたとき、イラン政策でオバマ大統領と意見が合わず解任されたとされた人物です。
もっとも、トランプ政権が中東への対処で協調しようとしているロシアは、シリア介入をめぐってイランと協力関係にあります。オバマ政権時代は、ロシアが2014年のウクライナの内紛に武力介入し、ウクライナ領のクリミア半島を強引にロシア領に組み入れさせたことで経済制裁を科すなど、ロシアとの関係は冷え切っていました。ロシアとの関係改善を図ろうとするトランプ政権は、イラン敵視と親ロシアという矛盾にどう対処するのかと注目されています。
和平交渉に無関心?:アメリカ第一を唱えるトランプ政権は1月20日の大統領就任式直後のホワイトハウス声明で、外交政策の最優先目標として「イスラム過激派テログループの打倒」を掲げました。イスラム国(IS)や類似のテロ組織を破壊することが第一というわけです。そのためにどう行動していくのかはまだわかりませんが、はっきりしているのは、シリア内戦には不介入ということと、イスラエル・パレスチナ和平交渉促進を仲介する意向は当面ないということです。
シリアをめぐっては、トランプ氏が当選直後に「内戦不介入」の姿勢を打ち出したとたんに、反体制派の拠点アレッポをロシア軍が猛攻撃し、シリア政府軍による制圧を可能にしました。1月24日に行われたアサド政権と反体制派の和平協議はロシア、トルコ、イランの仲介で進められ、米国抜きでした。
イスラエル・パレスチナ和平をめぐっては、トランプ氏は1月22日のネタニヤフ・イスラエル首相との電話会談で、両者が直接交渉することによってのみ進められる、という考えを表明しています。これは、二国家共存案に沿った交渉を促す目的で1週間前にパリで開かれた中東和平国際会議に対し、イスラエルと同調して否定的な回答をした形です。これまで米国は同盟国イスラエルの肩を持ちながらも、中東和平交渉の仲介という重要な役割を果たしてきましたが、米国第一のトランプ政権の視野に、中東和平は重要課題として入っていないようです。優先目標に掲げた「ISその他イスラム過激派の壊滅」のためには、イスラエルとの軍事、情報収集などでの緊密な協力の方が重要、ということなのでしょうか。
トランプ氏にとっては、過激派テロ組織さえ封じられれば、シリアで反体制派がどういう状況に置かれようが、パレスチナ人が国を持てない状態が続こうが、重要でないようです。もっとも、「悪を取り除く」と言わんばかりにイラクに侵攻し破綻国家に追い込んだような、余計な介入をしないのはいいことだという見方もあります。大国にはどうかかわってもらうのがいいのか、答えは簡単には見えてきません。
はっきり見えることは、イスラエルが米国の後ろ盾を得て一層強い立場に立つということ。その優位を、入植活動を強めるなど和平の環境をさらに厳しくする方向に使うとしたら、パレスチナ側の絶望が深まり、危険な状況に向かう恐れが強まるでしょう。
(文 当法人理事 村上宏一/元朝日新聞中東アフリカ総局長)