当法人のエルサレム現地スタッフ、ヤクーブ・ガザウィが来日、1月28日に東京・四谷の若葉修道院で報告会に臨みました。彼は、当法人がイスラエル、パレスチナの若者を日本に招いて合宿をさせ、交流の機会を作るプロジェクトの初回(2005年)に参加、それ以来、プロジェクトの運営や日本人の若者が現地で研修するスタディ・ツアーの実施を支えてきました。以下に報告会の概要をお伝えします。英語でのトークを、プロジェクト参加のOGである中尾有希さんが通訳しました。
パレスチナ問題の歴史について
16世紀からのオスマン・トルコの統治下では、アラブ、ユダヤ両民族は共生していました。ところが、オスマンの支配者と仲の良かったユダヤ人大富豪ロスチャイルドが、パレスチナの土地を買い上げてはユダヤ人を入植させるようになり、土地を失ったパレスチナ人との対立が起きるようになりました。そして1920~30年代にユダヤ人の大規模な移民が入ってくると、アラブ人は脅威と感じるようになり、衝突が拡大しました。
第2次世界大戦後の1947年に国連でパレスチナ分割が決議され、第1次中東戦争でユダヤ人国家とパレスチナ人居住区に分かれた後、第3次中東戦争でイスラエルがヨルダン川西岸とガザを占領。現在、西岸には400万人のパレスチナ人が居住し、31万人のユダヤ人が入植しています。
イスラエルの人口は950万人で、そのうちユダヤ人は700万人、残りがアラブ人などです。
学校教育について
アラブ側(イスラエル管理下の東エルサレムを含む)
東エルサレムの公立校はイスラエルの管理下にありますが、キリスト教、イスラム教の私立学校はパレスチナ式の教育をしており、歴史はパレスチナ人の観点で教えています。識字率は95%で、18~28歳の若者の18%が大学に進み、パレスチナ側の大学では80%がエルサレムとベツレヘムからで、19%がナブルスなど他の西岸地域から。残りの1%がガザからですが、西岸への移動は原則許されていないので、授業はオンラインで、試験を受けるため西岸に行くにはイスラエル治安当局に許可を申請しなければならないのが実情です。
イスラエル側
歴史はユダヤ人の観点で教えています。公立校には一般校とユダヤ教の宗教校があり、私立校はキリスト教、イスラム教など宗教ごとに分かれています。
若者の意識・考え
大学生
イスラエルではイスラム教徒(ドルーズ派を含む)、キリスト教徒を除き国民皆兵で、18歳から兵役に就くため大学に進むのは21~24歳ごろから。
一方のアラブ系イスラエル人には兵役がないので、高校卒業後すぐに大学に行けます。
東エルサレムのアラブ人には学問、高等教育の選択が多いが、定職に就けない人が多い。
民主主義と安全保障のどちらが大切だと思うかという調査では、ユダヤ人の7割が有事での安全保障を選び、アラブ人では民主主義を選ぶ方が多かった。また、平等感については、ユダヤ人の78%がイスラエル社会に帰属していると答えているのに対し、アラブ側では、学校在学中は平等などについて教えられるせいか、イスラエルへの帰属感が勝るものの、大学生になると60%が疎外感や不平等を感じています。
政治・暮らし
イスラエルの選挙におけるアラブ人の投票率は低く、40万人ほどが投票するのに対し100万人以上が投票に行きません。「アラブ政党は何にでもただ反対するだけ」と信頼感が薄く、イスラエル政府に対しても期待しないためです。
ユダヤ人には極右が増え、若者の50%以上が中道右派~極右で、選挙結果にもそれが表れています。
人生のゴールについて尋ねた調査では、ユダヤ人の場合は経済的成功をあげる回答が多く、アラブ人には高等教育をあげる回答が目立ちました。将来への希望がないので海外への移住を考えると、教育が重視されるからと思われます。
ユダヤ人側では、兵役後にストレスを感じる若者が多いといわれます。銃を取り、考えずに撃つことを教えられることが影響しているようです。
パレスチナ紛争について
これは終わりのない報復の連鎖。昨日(1月27日)もエルサレムで、パレスチナ人が銃を乱射して約9人のユダヤ人を殺害しました。祈りの場での攻撃で弁護のしようがありませんが、祖父を殺されたことへの報復といわれています。
これとは別に、エルサレム旧市街ではユダヤ人入植者たちが攻撃・挑発を仕掛け、それがきっかけでアラブ・パレスチナ人の暴動を招く。騒ぎを嫌ってアラブ人居住者が移住するのを狙っているように思われ、現にキリスト教徒の間には移住を望む声が多いです。