三井 潔(共同通信編集委員)
私は6月、パレスチナやイスラエルに足を運ぶ機会がありました。背中を押してくれたのは、1月に知り合ったばかりの井上弘子理事長でした。「互いを知ることが双方の不信を払拭する一歩」という理念の下で始まったパレスチナとイスラエルの若者交流事業「平和の架け橋プロジェクト」。その内容に感銘を受けたのが契機でした。現地では、プロジェクト実現を支えたフランシスコ会のイブラヒム・ファルタス神父と会い、パレスチナとイスラエルの根深い対立の一端も目にしてきました。報復の連鎖をどう断ち切り、乗り越えるのか、難しい課題です。厳しい情勢の中、「対話の努力を怠ってはいけない」という神父の訴えが、胸に響きました。
分離壁、憎悪と不信の象徴
「見てください。これが現実です」。ヨルダン川西岸パレスチナ自治区の古都ベツレヘム。イエス・キリストが生まれたとされる聖誕教会近くのバルコニーから、イブラヒム神父が数キロ先の丘陵地帯を指さしました。イスラエルによる入植地拡大と、パレスチナとの分離壁の建設が進む場所です。神父が「壁のおかげで相手の顔は見えず、対話もできません。壁は、双方を分断しているだけでなく地域社会も破壊しています」と嘆息しました。
壁は高さ9メートルで、主要道を遮るようにして建てられていました。壁上には監視カメラと一体の機関銃が据えられ、パレスチナ側へのにらみを利かせています。廃虚となった目前の住居には多くの銃弾跡があり、戦闘の激しさが分かります。壁には、投石する若者の姿などイスラエルへの抵抗を示す絵がびっしりと描かれていたのが印象的でした。聖地は今、圧倒的な軍事力を誇示するイスラエルと、抑圧されるパレスチナ双方の憎悪と不信を象徴する場です。
イスラエルは、国連決議に反して入植地を拡大し分離壁建設を強行し、反発するパレスチナ側は一部過激派が自爆テロや銃撃でイスラエル人を殺害、市民の抵抗運動も根強いです。イスラエル側の攻撃もあり、今年に入り6月までにパレスチナ側130人以上、イスラエル側20人以上の犠牲者が出ました。ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺の歴史を刻んだエルサレム郊外のホロコースト記念館には、パレスチナの苦難に触れた展示は見当たりません。ユダヤ人にとって悲願だったイスラエル建国から75年。かつての「被害の民」が、故郷を奪われる人の心情に思いが及ばない現実を目の当たりにしました。
一粒の種が平和の「実」に
イブラヒム神父は2002年、パレスチナのゲリラや若者200人以上が聖誕教会に立てこもり、イスラエル軍が取り囲んだ「包囲事件」で、39日間教会にとどまり、双方の橋渡し役になり平和的解決に導いた立役者です。互いに憎しみが渦巻き、紛争が絶えない世界で事件の教訓は何か。「対話の努力を怠ってはいけないことです」と繰り返し強調していました。
神父に招かれ、教会付属高校の卒業式にも出席しました。卒業生を前に、神父が、パレスチナとイスラエルの衝突で多くの犠牲者が出ている現状に懸念を示し「皆さんが平和の担い手となるよう期待します」と語りかけました。次代を担う卒業生が深くうなずいていたのが脳裏に焼き付いています。
今夏、4年ぶりに再開する平和の懸け橋プロジェクト。井上理事長らの手で2009年、エルサレムに植えられたプロジェクトを記念するオリーブの苗木は大きく育っていました。「一粒の種が平和を導く『実』になるように」。そんな思いが詰まっていると実感しました。
三井潔(みつい・きよし):1990年共同通信入社。2001年以降、テロや平和構築、紛争問題を取材。2011~14年までマニラ支局長。22年から論説兼務の編集委員。