ガザ戦争で考えるべきこと
イスラム組織ハマスによる対イスラエル攻撃で始まったガザ戦争は、予想されるイスラエル軍の地上侵攻によって、軍とハマスの戦闘の枠に納まらない悲惨な事態になりかねません。事態は刻々と変化し、どう展開するか予想することも無理です。今はこの問題の根底に何があるのか、押さえるべきことは何かを考えておきたいと思います。
村上 宏一(当法人副理事長・元朝日新聞中東アフリカ総局長)
何をもたらしたか
パレスチナのガザ地区を実効支配するハマスによる攻撃は、その規模の点でも、手段の面でも異例づくめでした。これまでもロケット弾でイスラエル領内を攻撃することはありましたが、何千発も撃ち込むほどの量を蓄えていたことは驚きです。そして、ガザ地区を完全に取り囲んでいる電流柵やコンクリート製の分離壁を打ち破って、あるいはボートを使って海から越境攻撃を仕掛けたのも異例。さらに、過去には単独行動のイスラエル兵を誘拐するなどのケースはありましたが、百数十人といわれる民間イスラエル人や外国人を人質として拉致したのも、これまでなかったことです。
イスラエルだけでなく、世界に与えた衝撃は大きなものです。ハマスは、存在感を見せつけたことで意気は上がっているでしょう。国際社会から忘れられてしまったと思われるパレスチナ問題に、注目を集めたのは確かです。わずかな自治を与えられただけで、イスラエルにより行動の自由などを制限され、尊厳を奪われていると感じているパレスチナ人をよそに、アラブ同胞は盟主を自認するサウジアラビアでさえイスラエルとの関係正常化を探っているとみられる状況。それに対し警告を発したとハマスは言いたいのでしょう。
しかし実際は、民間人を虐殺するなどの行為でハマス=テロ組織という定義づけを世界に認めさせ、関係のない住民までがテロ封じの名目で戦争に巻き込まれるのです。イスラエルに一泡吹かせたつもりでも、何倍もの報復を受けることになり、民間パレスチナ人にさらに多数の犠牲者が出るのは目に見えています。
武力で圧倒的な強みを持つイスラエルは、パレスチナ人の生存権を損ねるほどの圧迫を加えているとの批判を受けても、自分たちの身を守るためだとして治安最優先の姿勢を変えないできました。今回のハマスによる攻撃は「それ見たことか」と、イスラエルが何より治安を優先する言い分を正当化することになりました。
暴力の応酬どう止める
では、武力には武力で対応する方策しかないのでしょうか。ハマスによる一時的な「大攻勢」に快哉を叫ぶパレスチナ人がいるとしても、すぐに悲惨な現実を目にすることになり、武力によって勝ち取れるものはないと思い知るでしょう。とはいえ、イスラエル側にしても、武力で抑え続ければいいというものではありません。押さえつけられることへの恨み、憎悪が積もれば、いずれ爆発します。もう一方のパレスチナ自治区であるヨルダン川西岸でも、若者たちの間に武装闘争へ走る傾向が出ています。今回の事態を鎮圧しても、いつまた暴発が起きるかわかりません。それをなくそうと思えば、それを引き起こす人々を根絶やしにするのでなければ、憎悪のもとになる原因を断つしかありません。
それには、パレスチナ人の生存権と尊厳を保証するホームランドをつくり、イスラエルとの二国家共存を目指すほかないでしょう。そのためには、パレスチナ側に和平交渉を担える責任者が必要であることなど、さまざまな課題はあります。何より、今はハマスのテロで激高しているイスラエル人に、和平の話を聞く耳はないでしょう。しかし、無理な話であっても、長い目で見て永続する和平を追求するのは、為政者の責務です。イスラエル・パレスチナ紛争の歴史を体現し、仇敵だったパレスチナ解放機構(PLO)との和平交渉に道をつけたのが、故ラビン首相でした。猛反発を受けるに決まっていることを敢えてするのは勇気のいることです。その勇気を持てる指導者が、イスラエルにも、パレスチナ側にも必要です。