村上 宏一(当法人副理事長・元朝日新聞中東アフリカ総局長)
2019年4月、19年9月、20年3月、21年3月と、2年間に4回も国会議員総選挙が行われたイスラエル。21年6月に誕生した新政権は右から左まで主張が異なり、さらにアラブ政党まで含む8政党による連立政権です。私たちが注目するパレスチナ和平交渉をめぐっても、閣内の対立が表面化しないか、ヨルダン川西岸の併合問題やユダヤ人入植地政策がどうなっているのか、などが気にかかります。
主張異なる連立8政党
連立政権の政党間の政策がどれほど隔たるのか、改めて見てみましょう。
国会の120議席のうち62議席と、かろうじて過半数を確保した与党を成すのは次の8政党です(カッコ内は国会での議席数)
ヤミナ(7)
右派から極右までの国会議員を抱え、当コラムでは以前「右派連合」と表記していました。首相に選ばれたベネット党首は熱心なユダヤ教徒で、ユダヤ教の教義を重視する立場。ただし、神学校生の兵役免除には反対しています。パレスチナ国家に反対し、入植地の拡張と占領地の併合を主張。
イスラエル我が家(7)
右派。支持層に多いロシア系移民は、宗教面でしばしばユダヤ人としての「正統性」に問題があるとされ、そのためか、神学校生の兵役免除には強く反対。宗教政党との連立を拒否したことが、ネタニヤフ政権の継続を阻む一因となりました。対パレスチナでは強硬派であるだけでなく、イスラエル国籍のアラブ人に対してもユダヤ人国家への忠誠を要求。ユダヤ人とアラブ・パレスチナ人を分離すべきだという立場からの二国家案を掲げています。
新たな希望(6)
右派。党首のサアル氏はネタニヤフ前首相の率いるリクードを離脱して新党を設立したのですが、入植地政策の推進などリクードの主張と大差はありません。
イェシュ・アティッド(17)
中道。宗教派の優遇に反対する市民を代弁するとし、神学校生の兵役免除には反対。その点でヤミナとはかつて、ネタニヤフ前首相の連立政権内で連携したことがあります。パレスチナ国家の成立による二国家共存を支持。
青と白(8)
中道。政策では内政に重点、パレスチナ問題では和平交渉の再開を主張する一方、イスラエルの安全保障を強調しています。
労働党(7)
左派。シオニズムの建国理念に基づく社会民主主義政党で、1977年まで首相はすべて労働党系でした。イスラエルの安全保障のためにはパレスチナとの恒久和平が必要、との立場から和平交渉を支持しています。
メレツ(6)
左派。イェシュ・アティッドと同じく宗教的規制に反対する世俗主義。パレスチナ問題では二国家共存による和平を支持するほか、入植地建設の凍結を主張しています。
ラアム(4)
当コラムでは「アラブ連合」という表記で紹介していた、イスラム教の教義を重視する政党です。アッバス党首は、左でも右でもなくイスラエル人としてのアラブ住民の利益を考えると、党の立場を説明。パレスチナ国家の樹立と入植地の撤去を主張しています。
様々な局面で主張の差
2021年3月の総選挙につながったネタニヤフ政権の崩壊は、前年12月の国会で提出した予算案が承認されなったからでした。連立与党間の意見の対立で、期限内に予算案を通過させられなかったのです。ベネット新政権の結束が試された2022年度の予算案審議では、21年11月に賛成61、反対59という僅差ながら国会で承認され、解散総選挙という事態は避けられました。
連立与党の連携は保たれたわけですが、党派間の色合いの違いは隠しようがありません。
9月13日にベネット首相がエジプトを訪問し、シシ大統領と会談した時のこと。エジプト側は、イスラエル首相として10年ぶりとなる公式訪問をしたベネット氏を、下にも置かぬ扱いで歓待したようです。与党内の左派からは、アラブの主要国であるエジプトとの関係強化こそ対アラブ外交の成果であると、評価する声がありました。しかし右派陣営からは、会談でガザ問題や対パレスチナ関係、イラン問題などを話し合いながら、ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスを非難しなかったと非難されたり、冷淡な反応を示されたりしました。
閣外からも、ネタニヤフ前首相が、この首脳会談はパレスチナ問題にスポットライトを当てさせたと指摘し、与党内のパレスチナ和平に反対または消極的な議員らの感情に揺さぶりをかけるような動きを見せました。
パレスチナ問題といえば、パレスチナ自治政府のアッバス議長は12月末、イスラエルのガンツ国防相の自宅を訪問しています。国防省は12月28日の声明で「両者は治安および民生の両面にわたって協議した」と発表。その中で、ガンツ国防相が「前回の会談で約束した通り、経済面や民生面の信頼の強化に努めるつもりだ」と語った、と伝えました。これを裏付けるかのように国防省は会談の翌日、パレスチナ側との信頼醸成措置として、自治政府の代理で徴収した税金の引き渡しと、パレスチナ人の商業関係者のイスラエル入りに追加承認を与えた、と発表しました。
和平交渉は2014年に中断されたままで、このレベルの会談は最近では異例のことですが、アッバス氏のイスラエル訪問に先立つ8月下旬に、ガンツ氏の方が西岸ラマラのパレスチナ自治政府を訪れてアッバスと会談していたのでした。
しかし、ベネット首相は12月の会談の直後、パレスチナ側との和平交渉には何の進展もないし今後もないだろうと、くぎを刺す発言をしています。
変わらぬ入植推進政策
昨年10月、イスラエルのエルキン建設住宅相(新たな希望)は西岸の入植者住宅1,355戸の増設計画を発表、「西岸のユダヤ人の存在を強化することはシオニズムにとって重要なことだ」と述べたそうです。
イスラエルの占領の実態を調査し続けているイスラエルの人権団体ベツェレムによると、西岸の入植地は東エルサレムを含め200カ所以上、人口は62万人を数えるといいます。この団体によると、入植者がパレスチナ人のオリーブの収穫を妨害する事件が昨年10、11月の間だけで45件起きたといいます。暴力で危害を加える、畑を荒らす、農耕施設を破壊するといった行為で、これを阻止しようとするパレスチナ人を、イスラエル兵は催涙ガスやゴム弾で追い払ったり連行したりしているといいます。
今年に入っても、入植者によるオリーブの収穫の妨害、パレスチナ人の土地収奪などが何件も報告され、いずれの場合もイスラエル兵による事実上の入植者支援が伴っています。それだけでなく、イスラエル軍は軍事訓練の名目でパレスチナ人の農耕地を砲撃で破壊する、ということまでしているのです。
西岸を拠点に現地の情報を書き続けているイスラエルの新聞記者アミラ・ハスさんは、入植者の暴力を「イスラエルの制度化された暴力の付属品のようなもの」と位置づけています。例えば、あるパレスチナ人村で遊園地を建設していると「許可を得ていない」としてストップをかける。また、前述のように入植者の無法は放っておいて、衝突が起きるとパレスチナ人を近づけないようにして土地収奪を助けるという構図を指しているわけです。
入植地の維持・拡張政策をとり続けたネタニヤフ首相率いる右派連合政権が消えたものの、後を継いだ政権も首相は入植地積極推進派であり、同じ主張の党派が連立維持に必要な議席を握っています。入植者たちはこんな状況に意を強くしてか、パレスチナ人への圧力を強めているように見えます。