ガザに暮らす一青年の体験
高橋 彩子(2019年「平和の架け橋プロジェクト」参加者、2年前からスタディ・ツアーを待っている)
私は、当NPOのプロジェクトに参加したことが縁で2020年2月に国連の招待で来日したガザの青年3人を一日案内しました。その際ムハンマド(仮名)と友達になり、それから一年以上にわたってほぼ毎週ビデオ通話しています。いつも近況報告の後に私がアラビア語を教えてもらうのですが、ガザで起こっていることも詳細に教えてくれます。
2021年の5月にイスラエルとの間で「軍事衝突」(日本のメディアではこのように表現されるが、ムハンマドは「爆撃」“bombing”と呼ぶ。)が起こった際にも、事態が収まった数日後にガザの様子を説明してくれました。以下、ムハンマドの話をそのままお伝えします。
(注)ガザの人々は、本名や顔写真が公開されることを望まないため仮名を使いました。ご了承ください。
“ミサイルが降る夜”
あの日は、メディアの建物、政府の建物、民家、道やインターネットを含むインフラ、ありとあらゆるものがミサイルによって破壊されちゃったよ。しかもミサイルは、夜暗くなってからも発射される。
ミサイルが着弾した衝撃はまるで地震のようで、何も見えないから、全てが自分の数メートル先に落ちているように感じる。真っ暗で何も見えないからね。どの辺に落ちたのか見当もつかない。
程なくして電気・インターネットが落ちる。テレビもスマホも繋がらず、親戚や友人が大丈夫なのかもわからない。
想像してみて欲しい。あなたならこの状態で何を考えられる?
僕は、家族や友人のことを心配し、自分に問いかけ、祈ることしかできないよ。
友だちや親戚はみんなどうしているだろうか?大丈夫だろうか?どうか、無事でありますようにってね。そして朝になって、ガザ全体が破壊されたと知るんだ。
ミサイルの音は夜中じゅう続いたから、その音が今でも耳に残っているよ。
2歳の甥のイスハーク(仮名)もミサイルの音を覚えていて、真似もできるんだ。「イスハーク、ミサイルはどんな音?」そう聞かれるとイスハークは「シュー、シュー」と、落ちてくるミサイルの着弾前の音を真似してみせてくれる。まだアラビア語もしっかり話せないほど幼い彼が、ミサイルの音は再現できるんだ。
当時のガザの電力事情
Wi-Fi は二日目の夜から繋がらなかった。実際は繋がったり繋がらなかったりだったけど、どっちみち電波が弱過ぎていつも使い物にならないからね。
それから、電気は1日に4時間しか使えない。しかもその時間帯は日によって違うから、常に電気が使えるようになったら何に使うか、常に準備しておかなければならない。いつ来るかわからないたった4時間の「電気を使える時間」に電子機器の充電から料理、シャワーも済ませないといけないないんだ。例えばパンを焼きたかったらタイミングを見計らって作り始めないといけないんだけど、それが深夜になることだって珍しくないよ。
実際の被害
正面に写っているのは、僕が働くオフィスが入っている建物だ。最上階とその下の階、合計2階分がミサイル攻撃で吹き飛ばされてしまった。建物の中にはひび割れとかもあるけど、一階は使えるし、他に仕事ができる場所もないから、まだここで働いている。
次の写真も被害を受けたガザの様子、画面手前から奥に向かって道路が続いているが、一面瓦礫に覆われていて、車が通ることもできない。
ガザの人口密度は世界でもトップレベル、何階もある高い建物に沢山の人が住んでいる。当然上の階に住んでいる人々は階段を下る必要があって、外に出るのにはある程度時間がかかる。
特に高齢者や体の不自由な人、子供たちなど、すぐに逃げろと言われてもその建物から素早く逃げるのは無理だ。たとえミサイル攻撃の標的となる建物が事前に特定されたとしても、彼らには逃げる時間はない。
しかも他に絶対に安全な場所はないから、怯えながらもそこにじっと居続けるしかないんだ。自分のところにミサイルが打ち込まれないようにと祈りながら……。
「すべて忘れたいし、次に進みたい。もう十分だ。」
ムハンマドが話の最後に語ったことばです。彼の言い方に怒りや憎しみという感情はあまり表れておらず、ただ、命が危険にさらされない当たり前の生活を願っている、そんな風に聞こえました。
この出来事は、アメリカやイギリスなどがイスラエルに防衛権があると判断したように、国際関係や国際法の視点から、国と地域の軍事衝突として正当性もあるかもしれません。メディアでは、このような政治的な見方が取り上げられる機会が多くあります。しかし他方ではミサイルが着弾した先には、ただ安全な日常生活を切に願っているムハンマドのような青年やその家族、親戚そして友人たちの暮らしがあるというのも紛れもない事実なのです。残念ながら、そのようなことはほとんど報道されません。
ムハンマドの生の声、彼の体験をぜひ多くの方々と共有したく、事前研修で発表し、「オリーブの木」読者の方々のためにもこの記事を書かせていただきました。