村上 宏一(当法人副理事長・元朝日新聞中東アフリカ総局長)
昨年11月1日に投票されたイスラエルの総選挙の結果、右派リクードを中核とする、建国以来最右翼と言われる内閣が成立しました。連立政権に加わる会派の中には、ユダヤ至上主義的主張をしたり、ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地の拡張を主張し、パレスチナ国家の創設に反対したりするものもあります。
最右翼政権と呼ばれる訳は?
首相に返り咲いたネタニヤフ氏が率いる内閣が「最右翼」と呼ばれるのはなぜか。右翼とは保守的・国粋主義的な思想傾向を指します。連立与党の各党派の主張を見てみると。
国会の120議席中32議席を獲得した第一党の「リクード」は、建国以来政権を担い続けた左派の労働党に対抗して保守的、ユダヤ民族主義を強調する傾向があります。「シャス」(11議席)、「ユダヤ教連合」(7議席)の宗教政党は長年、ネタニヤフ政権の右派連合を支えてきました。
内閣の性格を大きく左右しそうな会派は「宗教シオニズム」(14議席)で、三つの党で成り立ちます。
その一つ「宗教シオニズム」は、ユダヤ教の教育強化を掲げ、ユダヤ至上主義的主張が強いほか、同性婚に反対。パレスチナ問題では、ヨルダン川西岸の全てか、C地区と呼ばれるイスラエルの管理下にある地域の併合を主張しています。
「ユダヤの力」は反アラブ色が強く、ベングビール党首は非合法化された「カハ」という人種差別的な極右政党にいたことがある人物。西岸の併合を望み、二国家共存による和平に反対する政党。
もう一つの「ノアム」は、やはりユダヤ至上主義的で、同性愛などLGBTは「家族を破壊する」として、強く反対しているのが特徴です。
「ユダヤの力」のベングビール党首は警察を管理する国家安全保障相に任ぜられましたが、同党首はアラブ、パレスチナの抗議行動には強権で臨むよう主張し、かつてアラブ人のデモ隊に発砲したこともあります。また、西岸のユダヤ人入植地の拡大を主張する「宗教シオニズム」のスモトリッチ党首は財務相に就任、入植地建設の権限を与えられました。この人は「産院で、将来テロリストとなるアラブ人の赤ん坊の隣に、ユダヤ人の赤ん坊を寝かせたくないと思うのは自然なこと」と、反アラブ感情を正当化する発言をしたと伝えられています。
「リクード」と二つの宗教政党もユダヤ至上主義的傾向と反パレスチナ色を強めてきましたが、「宗教シオニズム」の三党ほど露骨ではありませんでした。
以上のように強硬な反アラブ・パレスチナ、性的マイノリティーの否定、ユダヤ至上主義で二国家共存に反対する政党を抱える内閣に対して、民主主義の危機を懸念する国内から、また、パレスチナ和平の崩壊を懸念する国外から反発が向けられています。15年の首相経験を持ち、多様な主張を持つ連立与党をさばいてきたと自負するネタニヤフ首相は、極右勢力を抱えることの危うさを理解しており、対処できると自信を持っているようですが、連立存続のキャスティングボートを握る極右党派を制御できるかどうか。
パレスチナ側先鋭化が影響?
今回のように極右勢力が伸長したのはなぜなのか。イスラエルでは近年、ユダヤ人国家を強調し、治安を優先してパレスチナ和平には無関心な傾向が強まり、それが国会の議席にも反映していたのは確かですが、極右勢力が急に膨張したように見える背景には、パレスチナ側に武装闘争の機運が高まっていることがあるのかもしれません。
イスラエルでは2019年以降、ヨルダン川西岸への武器密輸が報じられるようになっていました。一つには、シリア南部に勢力を伸ばしたイランが、ヨルダン経由で西岸に銃器などを送り込んだとの情報があります。ガザのパレスチナ自治を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスを、西岸でも強化する狙いがあるとの見方があります。22年には、イスラエル国内のアラブ人住民が、ヨルダンから武器・弾薬を持ち込んだのをイスラエル治安当局が摘発した、とのニュースがあります。
そんな中、西岸ではパレスチナ自治政府とも、ハマスの宗教勢力ともつながりのない「ライオンの巣穴」という武装集団が生まれました。西岸第二の都市ナブルスで去年8月、イスラエルによる治安出動が強まる中で結成されたものです。武力によるイスラエルの占領からの解放を旗印に、イスラエル兵殺害などの襲撃を実行。襲撃の模様をSNSで流して、パレスチナ人の若者を中心に共感を広げていると言われています。
ここで思い出すのは、筆者がオスロ合意前の占領下のパレスチナを訪れた時のことです。日本人(東洋人)の私を見ると子どもや大人までもが「カラテ」と声をかけてきました。武装したイスラエル兵の前でなす術もなく屈服させられる現実の中で、当時はやったカンフー映画の主人公ブルース・リーが、武器なしで敵をやっつけるのを見て、空手にあこがれていたのでしょう。
それが、イスラエルとの自治合意で警察権を得、銃を手にするようになって、力でイスラエルに対抗できるという勘違いが生じました。しかし、強大なイスラエルの武力に叶うわけはなく、2000年からの第2次インティファーダ(抵抗闘争)はねじ伏せられました。
とはいえ、若者たちにはその教訓よりも、建国の見通しはなく占領下の窮状改善も一向に進まず、パレスチナ自治政府にもハマスにも事態の打開を期待できない現状への不満の方が強いのでしょう。しかし、武力には限界があり、しかもイスラエル側の治安重視の傾向をさらに強める逆効果も招くのではないかと危惧されます。現に1月26日、西岸最北端のジェニンでイスラエル治安部隊が難民キャンプを急襲、武装組織イスラム聖戦のメンバーら9人を殺害しました。テロ攻撃を準備していたという名目です。これに対しガザ地区からイスラエル領内にロケット弾が発射され、イスラエル軍がガザ地区を空爆する対抗措置をとりました。一方、27日には東エルサレムのユダヤ人入植地で、パレスチナ人が礼拝に来ていたユダヤ人に銃を乱射し、10人を死傷させる事件も起きています。さらに28日にも、エルサレム旧市街の南に位置する地区で、イスラエル人の親子2人がパレスチナ人の少年に銃撃され、負傷しました。
極右の主張を抑えられるか?
このような情勢の中、イスラエルの警察を管轄する国家安全保障相を任されたベングビール氏が1月3日、エルサレム旧市街にあるイスラム教の聖地「ハラム・アッシャリーフ」を訪れました。この場所はユダヤ教徒にとっても「神殿の丘」と呼ばれる聖地ですが、聖地管理の取り決めで礼拝ができるのはイスラム教徒のみとなっています。彼が党首を務める「ユダヤの力」は、ユダヤ教徒にも礼拝を認めるべきだと主張しているのです。
この聖地は2000年9月に、当時は野党だった右派「リクード」のシャロン党首が訪問を強行してパレスチナ人の反発を招き、前述の第2次インティファーダにつながった因縁の地です。ベングビール氏の行為は、挑発的な危険なものと言えます。
この聖地訪問に対しては、イスラム教聖地の庇護者を自認するサウジアラビアが厳しく批判したほか、2020年にイスラエルとの国交を正常化したアラブ首長国連邦も批判しました。宗教的対立につながりかねない聖地の現状変更に反対する米国や英仏両国の在イスラエル大使館は懸念を表明し、パレスチナ自治政府やイスラム教原理主義組織ハマスはもちろん、激しく非難しており、暴力的対立の激化が心配されます。
発足早々、西岸の入植地拡張や占領地のイスラエルへの併合を主張する極右政党を取り込んだ連立政権への懸念が、国内外から示されており、ネタニヤフ首相は極端な政策は取らない方針を表明して火消しに努めています。こうした圧力が、対立激化を防ぐことにつながることを願いたいものです。